大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成5年(ネ)446号 判決

控訴人(附帯被控訴人)(以下、単に「控訴人」という。)

福岡県

右代表者知事

奥田八二

右訴訟代理人弁護士

俵正市

山田敦生

被控訴人(附帯控訴人)(以下、単に「被控訴人」という。)

山﨑忍

被控訴人

山﨑雄一

山﨑佳世児

右三名訴訟代理人弁護士

辻本育子

主文

一  本件控訴及び附帯控訴に基づき、原判決中、被控訴人山﨑忍関係部分を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人山﨑忍に対し、金一億〇七四九万九三八六円及びこれに対する平成三年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人山﨑忍のその余の請求を棄却する。

二  控訴人の被控訴人山﨑雄一及び同山﨑佳世児に対する控訴をいずれも棄却する。

三  控訴人と被控訴人山﨑忍との間においては、第一、二審の訴訟費用を通じ、これを五分し、その一を同被控訴人の負担、その余を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人山﨑雄一及び同山﨑佳世児との間においては、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2  右取消しにかかる被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行免脱宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  附帯控訴の趣旨

1  控訴人は被控訴人山﨑忍に対し、金一七〇四万四六七〇円及びこれに対する平成三年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  附帯控訴費用は控訴人の負担とする。

四  附帯控訴に対する答弁

1  本件附帯控訴を棄却する。

2  附帯控訴費用は被控訴人山﨑忍の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「第二 事案の概要等」のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決六枚目表八行目から同裏一行目までを「(四) ピラミッドの目標は、生徒たちの要望を容れて一応八段にしたが、必ずしもそれにこだわるものではなく、無理であれば七段又は六段に切り替える予定であり、生徒たちにその能力以上のピラミッドを作らせようとしたものではなかった。」と改める。

二  控訴人

1  練習計画における八段の目標採用についていえば、八段ピラミッドの五段が完成していたとしても、被控訴人忍にかかっていた荷重は六段ピラミッドが完成した程度のものであるが、現実には五段目が上がっている途中の崩落により発生した事故であるから、237.44キログラムと180.9キログラムの中間になるので、六段ピラミッドが完成したときの荷重(229.92キログラム)よりも大幅に下まわる。そして、具体的練習時における崩壊による危険の予見可能性と八段ピラミッドの採用自体は全く関係がなく、五段目が上がっている途中において指導教諭が認識している事実を前提として危険の予見可能性の有無は決められるべき筋合いであるところからすれば、指導教諭らに被控訴人忍の受傷に対する予見可能性はなかったといわなければならない。

2  本件事故について被控訴人忍に対しこれまでに次のとおり合計三五八五万九〇四六円の支払いがなされているので、損害額からこれを控除すべきである。

(一) 日本体育学校センターからの障害見舞金 一八九〇万円

(二) 福岡県高等学校PTA安全互助会からの見舞金

九六四万三八〇〇円

(三) 早良高校PTAからの見舞金 三四〇万円

(四) 早良高校同窓会からの見舞金 五〇万円

(五) 早良高校職員全員からの見舞金 五〇万円

(六) 福岡県教育委員会からの見舞金 一〇〇万円

(七) 国民年金法による障害基礎年金受給額 一九一万五二四六円

3  被控訴人忍の附帯控訴による損害の主張について損害額を争う。

二  被控訴人忍

1  八段ピラミッドの採用と本件事故の予見可能性とは深い関連がある。すなわち、たとえ八段完成以前の段階で発生した事故であっても、八段ピラミッドを作る途中の五段ないし六段、七段ということが決定的に重要であって、荷重の大きさと所要時間の増大を考慮すれば、八段の採用が崩壊の可能性と事故発生の危険性を自ずから大きくしていることは明らかである。

2  控訴人の損益相殺の主張は時機に遅れて提出された攻撃防御方法として却下されるべきである。そうでないとしても右主張は争う。

3  附帯控訴による請求の拡張

本件事故による損害として、次の合計一七〇四万六七三〇円の内金一七〇四万四六七〇円を追加して請求する。

(一) 家屋に関する特殊工事費用合計一五六四万六七三〇円

(二) 自動車リフト設置費用一四〇万円

(なお、被控訴人らの請求のうち原判決において棄却された部分については被控訴人らから控訴も附帯控訴もない。)

第三 証拠

本件記録中の書証目録並びに証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故発生までの経緯等については、次のとおり付加・訂正するほか、原判決八枚目表三行目から一三枚目裏二行目までと同一であるから、ここにこれを引用する。

1  原判決一〇枚目表九行目の「早良高校」を「筑紫丘高校(同校は昭和六一年から平成二年まで五年連続して八段ピラミッドを実施していずれも成功している。)」と改め、同一〇行目の冒頭に「ほぼ」を加え、同行末尾の「なかった。」を「なく、平成四年度には須恵高校において創立一〇周年を記念して特に八段のピラミッドを実施して成功させた。」と改め、同一一行目の「なお、」の次に「早良高校における」を加え、同枚目裏二行目の「一七、証人宮本」を「一七、二七の4、証人宮本、同山﨑龍之」と改める。

2  原判決一一枚目裏五行目の「一時間の合計四時間」を「二時間の合計五時間」と、同一〇行目の「同篠原一洋」を「同篠原一洋(原審及び当審)」とそれぞれ改める。

3  原判決一二枚目表一一行目の「一斉に両手を伸ばしてつぶす練習もされ」を「完成後に一斉に両手を伸ばしてつぶす練習もされ(ただし、途中で崩れそうになった場合において、安全対策上意図的につぶす練習をした事実はない。)」と、同枚目裏三行目の「同篠原、同七條、同三浦、」を、「同篠原(原審及び当審)、同七條、同三浦、同小早川慶次、」とそれぞれ改める。

4  原判決一三枚目表一行目の「さらに、」から同六行目末尾までを「さらに、午前一〇時二〇分頃から五段目までを完成させる予定で練習が始まり、六段目以降に予定されていた生徒は後方で座って待機していたところ、順調に組み上がって五段目がほぼ完成した段階で、急遽直接の指導に当たっていた宮本教諭らの方針が変わって一気呵成に六段目以上を目指すことになり、六段目に予定されていた有吉、前原及び某の生徒三名にも続いて登るよう指示がなされた。そのため、六段目以上の完成を事前に知らされていなかった同生徒らは戸惑いながらも両脇から登り始め、うち二名が完成した五段目の生徒の背中に手が届く位置まで登ったとき、二、三段目の中心部分付近から揺れ始め、両脇付近の生徒はどうにか持ちこたえたが、中央部付近の生徒は被控訴人忍の上付近に集中的に落下した。」と改め、続けて「なお、右崩落の模様をみるに、七段ピラミッドが実施された前年度の崩落の模様と、崩落の段位、状況が酷似している。」を、同末行の「五、」の次に「一五、」を、同行の「一三の1ないし4、」の次に「二九、」を、同枚目裏一行目の「三浦、」の次に「同有吉誠、」を、同行目の「本人」の次に「、弁論の全趣旨」をそれぞれ加える。

二 そこで、右で認定した事実をもとに控訴人の責任について判断する。

1 国家賠償法一条一項の「公権力の行使」には、権力作用だけでなく、純粋な経済的作用を除く非権力作用も含まれるので、公立学校における教師の教育指導活動もこれに含まれると解するのが相当であるところ、早良高校の設置者である控訴人は被控訴人忍に同高校への入学、在籍を許可していたのであるから、学校教育の場において生じ得る種々の危険から同被控訴人の生命、身体等を保護するために必要な措置をとるべき一般的な注意義務を負っているものというべきである。そして、本件事故は学校教育の一環としての体育の授業の際に生じたものであるから、控訴人の責任の有無を判断するに当たっては、その授業の内容、危険性、生徒の判断能力、事故発生の蓋然性や予見可能性、結果回避の可能性等を総合考慮し、その客観的な状況のもとでの具体的な注意義務の違反があったかどうかが検討されなければならない。

2(一) ところで、全ての体育実技の授業は必然的に一定の危険を内在させているのであるから、これを指導する教師等は、指導計画の立案策定から指導の終了に至るまで、当該授業にいかなる危険が存在するか的確に予見し、右予見に基づいて適切な事故回避のための措置をとることが要求されているというべきである。しかして、人間ピラミッドは各種体育大会等において広く行われる種目であり、高等学校学習指導要領において指導すべき体育の科目として定められている体操の範疇に入る組体操として高等学校における体育授業の一内容と解することができるものの、一般的にみて、上部の者が前後左右へ転落する危険はもとより、上部の者ないしは中位の者がほぼ真下に崩落することにより下段の者がその下敷きになる危険を内包することを否定できない。ことに参加者数が増えるに従って、高さ、人数等の点で下段の者らの負荷は大きくなるばかりか、中央に押す力も強く働いて揺れを生じ、かつ、バランスを失して崩落しやすくなり、崩落が下段の一か所に集中し、その結果下段の者に過重な負荷がかかる危険があることは見易い道理である。特に、本件のような高さ五メートルにも及ぶ八段のピラミッドは完成間際はもちろん、途中においても崩落する危険があることは当然であるが、この危険性は更に、参加者数のみならず参加生徒の個々的及び全体的な体力、筋力、精神力、集中力、協調力等の資質不全、習熟度の不足ないし指導者の未熟等の要因によって容易に増幅されるものであり、指導する教師らにこの危険性が予見できないことはありえない。したがって、八段のピラミッドを体育大会の種目として採用するに当たっては、参加生徒の資質、習熟度、過去の実績等について慎重な検討を必要とするものというべきである。しかるに、早良高校においては、前記認定のとおり、これまで八段のピラミッドを成功させたことは一度もなく、前年の平成元年度の体育大会において七段を二度も失敗していたにもかかわらず、指導に当たる体育コース担任の教諭らは、被控訴人忍をはじめとする生徒らの希望をそのまま受け入れ、平成二年度においては七段を飛びこして一挙に八段ピラミッドを実施することとし、学校長の平賀東一郎も指導教諭らの意見に何ら疑問を呈することなくそのまま承認したものである。しかもその際、指導教諭らにおいて、前年度の失敗の原因を分析研究し、その上での反省を踏まえたり、他の学校での実施例、成功例を調査するなどして、八段ピラミッドの構築に伴う崩落による事故発生について何らかの有効な事故防止対策を講じた形跡は全くないまま、目標段以外は前年度と殆ど変わらない練習計画をそのまま策定実施したものであって、早良高校の体育コース担任の指導教諭ら及び学校長には先ず第一に杜撰で無理な練習計画を安易かつ漫然と策定実施した過失があり、その結果本件事故が発生するに至ったとの非難を免れないのである。

この点について、控訴人は、宮本教諭らは人間ピラミッドについて充分な知識と指導経験を有しており、その指導計画の策定に遺漏はない旨及びピラミッドの目標は生徒の要望を容れて一応八段にしたものの必ずしもそれにこだわるものではなく、無理であればいつでも七段に切り替える予定であった旨主張するが、前者については、同教諭らの証言内容に照らして、同教諭らが八段ピラミッドの構築に伴う崩落による事故発生について何らかの有効な防止対策を講ずることができるまでに充分な技術、指導力、経験を有していたとは到底認められない以上、八段ピラミッドを目標とした練習計画の策定を敢えてした同教諭らの措置は無謀の譏りを免れることができないし、後者については、本件の場合、八段を目標とする練習計画に基づいて八段構築を目指して練習、指導している過程において事故が発生したのであるから、たとえ指導教諭において八段にこだわらず場合により目標を七段に切り替える予定であったとしても、当該練習計画の立案策定に注意義務違反の粗漏があることに消長を来たすことにはならない。控訴人の主張はいずれも失当であり採用できない。

また、控訴人は、本件事故は五段が上がっているときに発生したから、その時点において指導教諭が認識していた事実を前提として危険の予見可能性の有無を決めるべきであるとして八段を目標とする練習計画の策定に本件事故発生の予見可能性はなかった旨強調するが、八段を目標とした五段と五段を目標とした五段の間には参加生徒数、ピラミッド構築のための所要時間、下段者に対する荷重のみならず参加生徒の心理的安定感、緊張度、全体的協調力のバランス等が自ずから異なり、引いては前者は後者より大きい崩壊の可能性と危険性を内蔵しているといわなければならず、八段ピラミッドがそれ自体前示のような危険性を内包する組体操である以上、八段を目標とする練習計画の策定と本件事故発生の予見可能性が無関係であるということはできない。この点の控訴人の主張も採用の限りではない。

なお、証人小早川慶次の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一四号証、前記乙第二七号証の四によれば、筑紫丘高校における八段ピラミッドはその形態において早良高校とは異なり、より立体的な三角錐様のもので、補助者を除いて平均八〇名(早良高校は四六名)で八段を組んでいたこと、証人山﨑龍之の証言によれば、須恵高校における八段ピラミッドの際には補助者に上に乗る者を肩車させて乗る位置に持っていかせたことがそれぞれ認められ、いずれもピラミッドを組んでいる生徒の負担を軽くする特別の工夫、方策がとられていた点において早良高校の練習計画とは同日に談ずることができず、筑紫丘高校や須恵高校で八段ピラミッドを計画し成功させた経験があることは以上の認定判断を左右するものではない。

(二) 次に、人間ピラミッドの組み方指導についての注意義務違反を検討してみる。

前認定の事実によれば、被控訴人忍が受傷した直接の原因は組立て途中のピラミッドが突然崩落し、五、六段の中央部の生徒が集中的に同被控訴人の上に折り重なったため、同被控訴人は、過重な負荷に耐えかねて不自然な体勢を余儀なくされ、かつ、上からの荷重等により頸椎を損傷するに至ったものであると推認されるのであるが、右崩落の態様及び受傷の結果は崩落により当然生じうる性質、程度のものと認められる。

控訴人は被控訴人忍のとっていた体勢が受傷の一因であるかのように主張するけれども、これを認めるに足りる的確な証拠はないし、証人小早川慶次の証言に照らせば、二段から五段までの者の負荷があった被控訴人忍に崩落開始のころに上を向いて声をかけるほどの余裕があったとは到底認め難いから、控訴人の右主張は採用できない。

ところで、人間ピラミッドの組み方は、一、二段は時間をかけて安定的に組む必要がある反面三段以上は集中的に迅速に上る必要があるが、一定の時間内に所定のピラミッドを完成するためには参加生徒全員に対し練習の都度事前に所定の目標段数を明確に周知徹底させて筋力、バランスの集中配分に遺漏なきを期せしめることが大切であり、これが同時に崩落防止のために必要不可欠なことであって、指導教諭として先ず最初に心すべき指示事項でなければならない。しかるに、前認定のとおり、宮本教諭は、事故発生当時、五段を目標とするピラミッドの完成を予定しながら五段目がほぼ完成した段階で遽かに方針を変え一気呵成に六段目以上の構築を指示したが、六段目以上については生徒に対し事前の明確な周知がされてなかったのであるから、その方針変更が一段目から六段目までの生徒の集中力と力配分に対し微妙な心理的影響を与えたであろうことは容易に推知できるところである。このことは六段目以上の完成のための所要時間が極めて僅少であることや同教諭の眼前でピラミッドを組んでいる五段目以下の生徒は同教諭の右指示を当然耳にしたであろうことを考慮しても変わりはないのである。そして右指示に従って六段目の生徒が五段目の背中に手をかける位置まで登った直後に二、三段目から崩壊を生じたというのであるから、崩落による本件事故の発生は六段以上の目標段数を事前に明確に周知徹底させたうえで練習を開始すべき宮本教諭の注意義務違反に基因すると認めてもあながち不当な認定とはいえない。

(三) また、ピラミッドの補助態勢についての注意義務をみるに、高段ピラミッドの崩壊態様は千差万別であるが、独り前後左右のみならず、本件事故発生時のように、中央部分の二、三段が上から下へ崩落することもありうる(現に早良高校の平成元年度体育祭における崩落も同様であったことは既に認定したとおりである。)のであるから、宮本教諭ら四名は指導教諭として、例えば平成五年度における城南高校の七段ピラミッドの事例(成立に争いのない甲第一三号証の一ないし五、乙第二八号証、当審証人篠原一洋)のように、多くの補助者を動員して中央中段部分に支持を与えることにより崩落の危険性を少しでも緩和する等の対策を講ずべき注意義務があるのにこれを怠り、前後の崩落の可能性のみに注意を奪われた結果、ピラミッドの前方に教諭四名、後方に補助台を兼ねた生徒一二名の補助者を配置したのみで中央中段部分の支持のための補助態勢に全く意を用いず、そのため中央中段部分については崩落するにまかせたことにより本件事故が発生したことを認めることができる。

(四) 更にまた、人間ピラミッドの崩れ方についての注意義務を考えてみるに、完成したピラミッドを合図により首を引き両手両足を伸ばし身体を真直ぐにして一斉につぶす場合は比較的安全であるが、これと異なり完成前の崩壊のまま放置すれば過重な負荷と不自然な姿勢の相乗作用により不測の事態が生ずるおそれがあるから、指導教諭としては、平素から完成前崩壊による事故の防止対策にも留意し、できるだけ完成後分解と同一の姿勢を保持するよう指導を徹底し、臨機応変の練習を段階的に繰り返し、その要領を全参加者に会得させるよう努めるべきはもちろんであるが、完成途中のピラミッド全体を見渡せる地点に補助者を配置する等して、崩れる気配を感じたら笛、太鼓等の合図により臨機応変にむしろわざと崩させる手段に訴えてでも、事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負担しているといわなければならない。もとよりピラミッドが本来完成を目指す組体操である以上未完成の崩落に備えて過度な注意義務を期待することは相当ではないが、前示のとおり、ピラミッドの途中崩壊が不可避な現象であり、かつ高い危険性を有する性質のものである以上、そして、意図的な分解によって事故の発生を防止又は軽減することが期待できる以上、体育コース担当の指導教諭として負担を免れない注意義務であるということができる。

しかるに、宮本教諭らは、平素から、崩れるときには上のものは素早く下りて退去せよ、崩落するものは補助者が支えよ、との指導はしていたが(これは中央部の垂直落下による下段者の受傷にとって有効な防止対策たりえない。)、それ以上に、平素から、特段の事故防止の指導に努めた形跡は窺えないし、本件事故発生に際しても、臨機応変に意図的な分解を敢えてしてでも事故の発生を未然に防止等する方策にそもそも思い至らないばかりか、ピラミッド全体を見渡せる位置に補助者を配置することもなく、崩落のままにまかせてなす術を知らなかったものであって、本件事故は宮本教諭らの右注意義務違反の所為によって発生したといわなければならない。

(五) 以上に認定、判断したとおりであって、本件事故は早良高校の学校長を含む宮本教諭らの各種具体的注意義務違反の所為によって発生したものということができるから、控訴人はこれにより被控訴人らが被った損害を賠償する責任がある。

三  (一) 被控訴人忍の傷害の程度についての当裁判所の認定は、原判決一九枚目裏七行目から二〇枚目表七行目までと同じであるから、これを引用する。

(二) また、当審でした拡張請求を除く被控訴人忍の請求にかかる損害についての当裁判所の認定は、原判決二〇枚目表八行目から二一枚目裏一〇行目までと同じであるから、これを引用する。なお、控訴人は本件事故発生について同被控訴人にも過失があると主張するが、前示のとおり右主張は採用できない。

(三) ところで、控訴人は当審において、被控訴人忍に対し損益相殺を主張する(控訴人の主張2)ところ、右主張は時機に遅れたものとまではいえないが、各金員のうち(四)及び(五)については、その金額の多寡、本件事故発生の経緯、態様及び同被控訴人の傷害の大きさに照らして、いずれも損害を填補する趣旨で支払われたものと認めるのは相当でないから同被控訴人の損害額からこれらを控除すべきではない。しかしながら、成立に争いのない乙第二六号証の一、六、七、一三、二四、三〇、三八、四四ないし四八、弁論の全趣旨によれば、日本体育学校センターから(一)の障害見舞金一八九〇万円が、福岡県高等学校PTA安全互助会から(二)の見舞金合計九六四万三八〇〇円が、早良高校PTAから(三)の見舞金合計三四〇万円が、福岡県教育委員会から(六)の見舞金一〇〇万円がいずれも実質被控訴人忍に支払われていることが認められ、これらは同被控訴人に対する損害を填補する趣旨であると認めるべきであるから、右各金額はこれを同被控訴人の損害額から控除するのが相当である。また、成立に争いのない乙第二一号証の一ないし四、第二五号証の一ないし三、弁論の全趣旨によれば、同被控訴人は平成四年八月から平成六年八月までに国民年金法による障害基礎年金を合計一九一万五二四六円受領している((七))ことが認められるが、国民年金法二二条の趣旨に照らし受給権者である同被控訴人が右年金を受領したときは受領額は右損害額から控除するのが相当である。したがって、当審請求拡張前の請求にかかる同被控訴人の損害は合計一億二五三一万三七六二円から右(一)ないし(三)、(六)、(七)の合計三四八五万九〇四六円を控除した九〇四五万四七一六円となる。そうすると、同被控訴人の控訴人に対する当審請求拡張前の請求は九〇四五万四七一六円及びこれに対する本件事故後の日である平成三年七月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

(四) 附帯控訴による被控訴人忍の請求の拡張について判断するに、成立に争いのない甲第一八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一六、第一七号証によれば、本件事故により同被控訴人に生じた損害として、家屋に関する特殊工事費用合計一五六四万六七三〇円及び自動車リフト設置費用一四〇万円、合計一七〇四万六七三〇円を認めることができ、右認定に反する証拠はない。そうすると、同被控訴人の控訴人に対する右内金一七〇四万四六七〇円及びこれに対する本件事故後の日である平成三年七月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める請求は全部理由がある。

四  被控訴人雄一及び同佳世児の損害は、同忍の傷害の程度等一切の事情を考慮して各二〇〇万円をもって相当と認める。したがって、被控訴人雄一及び同佳世児の請求は各二〇〇万円及びそれぞれこれに対する本件事故後の日である平成三年七月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

五  以上の次第で、被控訴人忍の控訴人に対する請求は当審における拡張請求を含め一億〇七四九万九三八六円及びこれに対する平成三年七月四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、その余は棄却すべきものであるから、本件控訴及び附帯控訴に基づきこれと異なる原判決を右のとおり変更し、被控訴人雄一及び同佳世児の控訴人に対する各請求については前記の限度で認容し、その余は棄却すべきものであるところ、これと同旨の原判決は相当であり、被控訴人雄一及び同佳世児に対する控訴はいずれも理由がない。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鍋山健 裁判官西理 裁判官和田康則)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例